「というわけで、『第1回 クラス対抗 缶蹴り大会』を始める!!」
 おはようの代わりに委員長が言った台詞はそれだった。
 『なんでだよっ!!』と、私はつっこみたかったが、周りのみんなの異様な盛り上がりに何も言えなかった。
 そう、この事態に乗り切れていないのは周りを見回しても私一人位なのだ。
「委員長っ!問題の缶は、このドクターペッパーでいいんですよね?!」
「そのとーりっ!負けたチームには飲んでもらうから、楽しみにしてろよー!」
「因みに!優勝したクラスには、我が校の女帝、生徒会長である天才(天災)柳璃奈様作成の期末テストヤマノート(当たる確率96%)がもらえるのだよ!よって皆の者、我らの好成績のために、絶対優勝するぞ!!」
 その時、常日頃からクラス規模でライバル視している隣のひまわり組から、「オー!!」という一致団結の雄叫びが聞こえた。
「おのれ、ひまわり組め!俺たちコスモス組が負けるわけにはいかんのだ!!よし、これからチームの攻守を発表する!!」
 私はちょっとついていけなくなりかけたが璃奈様作成の期末テストヤマノートに心を奪われた。
 この前の中間テストで、ひらがなの読み書きが100点満点中97点で、その前のテストより2点も落ちたのがものすごく悔しかったのだ。
 そんなことを考えていたらいつの間にか私は攻撃の方に名前が呼ばれていた。
「それでは全員所定の位置についてくれ。他クラスの缶の場所は先ほど配ったプリントを参照してくれ。以上!」
 超難関私立学園幼等部の忘れられない夏が、今始まる。

『みんな大好き(?)缶蹴り大会』 第壱部 「女帝とイチ様」

  私たちコスモス組には、機械工学の天才、凌君の作ってくれた携帯電話が配られており、それを使って連絡のやりとりをしていた。
 実はこの携帯電話、普通に出回っている携帯電話とは違い、この携帯電話は設定した場所につなげている人全員が一斉に会話できるという優れものなのだ。
 しかも、一見して携帯電話に見えないと言うところにポイントがある。
 普通受話器は耳に当て口元に持っていく物だが、私たちの持っている携帯電話はヘッドホンの形をしており、ヘッドフォンからのびるコードの先にはカセットプレイヤーの様な物がついている。
 もちろんそれは、カセットプレイヤーではなく、電波の送受信用の機械なのである。
  これは所謂携帯電話と同じで、皆がそれぞれ持っているカセットプレイヤー大の四角い物が電波の送受信のための装置で、つけているヘッドフォンが受話器の役割をしている。
 このヘッドフォンは最近どこかの携帯メーカーが使い始めた骨伝導スピーカーならぬ骨伝導マイクがついており、彼らが話すことによって頭蓋骨が振動し、その振動を読みとり音にして電波を送信する事ができる。
 そしてこの装置の最大の目玉は、全員が一斉に会話できる、というところにある。
 通信回線さえ開いていれば自分の声は相手に伝わるし全員の声を聞くこともできるという優れものである。
 私たちはそれを使って司令塔である委員長の指示に従って動いていた。
『さくら組、山田がドクターペッパー守備範囲内に侵入。だたちに排除せよ』
『了解』
 ローラーブレードに荒縄を持った捕獲部隊がすぐさま敵へと向かっていった。
『攻撃班AとB,囮作戦に入る。A班、ダミー攻撃開始!!』
 不運にもじゃんけんで負けたA班の田中が囮になり攻撃に向かったが携帯越しに何かが爆発した音がした。
 どうやら、化学実験好きの国哉君作成の粉塵爆弾(プチ)が使用されたようだ。
 B班である私は、影からペプシコーラを狙っていたが、以外にもさくら組は強敵で囮をことごとく撃沈させていた。
 こんなところで苦労していてはひまわり組を倒すなど程遠い。
 私はヤマノートのためにも強行突破を試みようとする。
『委員長!!これではらちがあかないので強行突破を行います!それにあたり真莉ちゃん以外は私たちの援護に回して下さい!』
『了解。鈴木、土屋以外のA、B班のメンバーは強行突破の配置パターンBへ!足りない人数は各自間隔をつめて体勢を崩さないように!!』
 その時だった。
 さくら組の連中の間を男が器用にすり抜けてあっという間にペプシコーラの缶が宙を舞った。
「あ、あの人は…、璃奈様の婚約者であるイチ様!!」(本名:山崎一太郎)
 『微笑みの貴公子』ならぬ『微笑みの帝王』イチ様は、ザッとローラーブレード止め、右斜め45°に立ち位置を完璧に決めた。
 その後にやってきた真っ黒な服を着て、顔を隠した連中(黒子とも言う)がイチ様の横で紫のバラの花びらをまき散らす。
「俺様の美技に酔いな」@跡○
 イチ様ブームが巻き起こりそうな勢いであった。
「見ているかい?璃奈、見ていなくてもこの俺の全てが伝わっているだろう?!この缶蹴りで勝利と共にノートも君も手に入れてみせるから待ってておくれ、マイハニー!!」
 イチ様の御姿は学年の違う私では滅多にお目にかかることがないため、イチ様の暴走は噂では聞いていたが実際に目にするのは初めてで。
 イチ様の暴走っぷりに呆然としていた。
 しかし、それがいけなかったのだ。
 イチ様の言葉に呆然としていた私は背後に近づいてくる気配に気づくのが遅れてしまったのである。
 気づいたときには既に遅く、私の頭に拳銃(本物ではないだろう)が当たっていた。
「はじめまして、先輩。あたくし、年少スズラン組の自他共に認める美少女、花園玲と申します。ちょっとお縄をちょうだいしたいのですけど、よろしくって?」
 『よろしくない!!』と心の中で毒づきながら私は頭に手を置きゆっくりと立ち上がる。
「あのね、花園玲さん。悪いんだけどその台詞そっくりそのまま返してあげる」
 そして私は、台詞と共に彼女に回し蹴りをお返ししてやった。
 彼女は小さな悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。
 そして最悪なことに、悦に浸っているイチ様にクリーンヒット!…テヘッ
 こういう場合は化学実験好きの国哉君制作の粉塵爆弾(プチ)の煙に紛れて逃げてしまおう。
 と思ったその時、上空から女帝・璃奈様の高笑いが聞こえた。
 その声は次第に大きくなり、それと共に強風とプロペラの爆音が鳴り響いている。
 頭上高く飛んでいくヘリコプターの搭乗口から簡易はしごがおろしてあり、その真ん中あたりに璃奈様がインディー・ジョーンズかルパン3世のごとく捕まってらっしゃるのだ…!!
 不覚にも私は璃奈様のその御姿にしばらくの間見惚れてしまった。
 ヘリはだんだんと高度を落とし、璃奈様が校庭の中央に降り立つ。
 それを見ていた全ての園児達は璃奈様の格好良すぎる御姿に拍手を送る。
 璃奈様はストレートの長く美しい黒髪を、シャンプーCMのモデルのように手でぱさりとはらう。
「イチ!!」
「あぁっ!!麗しの璃奈、会いたかったよ!今行くから待っていておくれ!!」
 私は璃奈様がイチ様を呼んだことにより、身の危険を感じた。
 他の園児達も同じ危険を感じたのか、いつの間にか璃奈様を中心とした半径10メートルいないには誰もいなくなった。
『委員長っ!!こういう場合はどうしたら…って、聞こえてます?!!委員長ー!!』
『土屋、安心しろ!今、璃奈様の愛してやまない弟の浩太郎君をそちらに送った。彼がそちらに着くまでなんとか持ちこたえてくれ!』
 私は委員長の言葉に心の中でガッツポーズをした。
 私のクラスメイトで、璃奈様の弟の柳浩太郎君。
 璃奈様は浩太郎君にゾッコンLOVEで、浩太郎君は璃奈様唯一の弱点といっても過言ではない。
 そんな浩太郎君が来てくれれば百人力!
 きっとこの窮地を抜け出せるだろうと私は確信した。
「イチ!!あぁ、大丈夫?!あなたの見ているだけでむかつく顔がさらにへちゃむくれになってしまって…!この世界最凶に罪作りな顔をつぶした素敵な方は誰だ?!!」
「璃奈…!何て君は慈悲深いんだ…。今俺は感動しているよ!そこの彼女がミサイルのごとく俺にぶつかってきたのだよ」
 イチ様の指さした方向には私にとってうれしいことに、先程蹴り飛ばした花園玲がいた。
「ちっ、違います!!私めは蹴り飛ばされただけですっ!!あの女がおそれながらも私めをイチ様に…!!」
「ほぅ…あの女、とは?」
 花園玲が指を指した方向にいたのはもちろん私で。
 こちらを見た璃奈様とばっちりと目が合ってしまった。
 その時の璃奈様の表情といったら、まるで獲物を見つけたハイエナのようで、私は早く浩太郎君が来ることを願った。
「二人とも、こちらにいらっしゃい。本当ならば万死に値するところだけど、今日はほんの少し大目に見てあげる」
 あぁぁ…お母様、今まで私を育ててくれてありがとうございました。私、土屋実沙はもう思い残すことは……あるけど、あるけど…あるけど、覚悟を決めなければならないときが来たようです。
「みーさーちゃーん!助けに来たよーーーー!」
 その時聞こえた声は、私にとってまさに天の声だった。
「浩ちゃん!!なになになに??!!この女と知り合いなの??!"みさちゃん"だ何て仲よさげに呼んで…!駄目よ、こんな暴れ馬と仲良くしちゃ!!」
「?美佐ちゃんは一緒のクラスの子だよ?だから璃奈ちゃんに捕まらないように俺が助けに来たんだよ!それに俺が好きなのは隣のクラスの滝川先生だもん!!」
「浩ちゃんっ、滝川先生は現在二児の母だよ!?そんな危険な恋の駆け引き、駄目だよ!」
「大丈夫だよ。滝川先生の旦那さんはもう亡くなってるし、子供も俺より年下だし、思い出っていうのは心の中にそっとしまっておいて新しい出会いのための糧にするものなんだよ」
 これって私は完全に無視されている=逃げてOKってことだよね?
 浩太郎君もさりげなく、こっそりと私に親指を立てて合図を送っている。
 私は自分の運動能力に感謝しながらマッハで校舎の植え込みの仲へと飛び込んだ。
 その間も璃奈様と浩太郎君は言い争いを続けており、璃奈様は私の逃走に気づいていないようなので私はその間に一気に距離をあける。
「未亡人の魅力に取りつかれてしまったのね、浩ちゃん。…せめて独身の佐々木先生にしなさい」
 だんだん彼らの話し声も小さくなっていき、どうやらとりあえずは逃げ切れたようだ。


『よくやった土屋。さくら組はもう負けたから、次は手っ取り早くすみれ組を狙う。全員体勢を整えろ!』
『ラジャー!!』
 張り切って私たちは向かったが、この後の悲劇に誰一人として気づくことはなかった…。

第一部完

 

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