「くそっ!ぬかった…。くっ…、だめだ。…傷が……誰か…」
助けを求めようにも、機械工学の天才・凌君がつくってくれたヘッドホン型の携帯電話は周囲に巧みに張られた電波妨害装置によって使い物にならなくなっており、返答は全くなかった。
「おーっほっほっほ!ご気分はいかがかしら、土屋様」
「良いように見えるとしたらあんたの目はイカれてることになるね」
砂場に巧妙につくられた落とし穴の中から、擦り傷を負って膝を抱えながら私はキッと上を睨みつけた。
「そうね、それだけの口をきけるのならばもう少し手荒にしても良いみたいね」
「そんなコトしてもいいと思ってるの?先生達は私たちが泣いて言えば大抵のことは信じるからね。アンタのしたことを森山先生に言っても良いんだけど」
「あらぁ、やだわ土屋様!!パパはね、姫乃の言うことは何でも聞いてくれるの〜vv」
姫乃は、どこぞのぶりっこのように(実際そうなのだが)語尾にハートマークを付けて話す。
「ったく…あの三十路男がっ!」
私はこんな簡単に罠にかかってしまった自分自身を呪った。
『みんな大好き(?)缶蹴り大会』 第弐部 「姫と犬とパパと王子(と玉子)」
そもそも最初に、委員長が襲われて途中ですり替わっていたことに気づくべきだったのだ。
声色をうまくごまかした偽委員長が私たちを敵の中へと導き、おそらく攻撃部隊は壊滅してしまったのであろう。
「こうなったら化学実験好きの国哉君作成の粉塵爆弾(大)を使うしか…」
「これのこと」
姫乃の手には私のポケットに入っているはずの国哉君作成の粉塵爆弾(大)があった。
「なっ!!いつの間に!?」
嘘だと思ってポケットを探ってみても国哉君作成の粉塵爆弾(大)は見つからず。
これでも私の家は古武術の中でも古参で、尚かつトップクラスの実力を誇る家なのだ。
それをあのすみれ組一の美人(自称)の小日向姫乃という小娘にしてやられるとは…、一生の不覚だった。
「フフフ…、これでこの缶蹴りで優勝すれば…やーっとパパと婚約できるのよー!!」
「いや、どうしてそうなるの?!」
賞品は、女帝・璃奈様のヤマノートではなかったか?
自分の世界に入り込んでいる小娘には何を言っても無駄だろう…なんでイチ様といい、こういう奴らが多いんだろう…。
「それは多分、どこかが優れている分、どこかが劣っているからではないでしょうか?」
「なんで心の中の台詞に答えられるんだ、おまえはーーーーー!!」
突然背後に現れた姫野の付き人(という名の下僕)・犬飼十一に私は倒れたままツッコミを入れる。
「姫様と一緒にいると人の考えていることが何となく分かるようになったんですよ」
「……おまえは妖怪サトリかいな」
「あっはっは、よく言われますけどね」
姫様は何を考えているかはっきり分かるみたいですけどね、という犬飼十一君はこれでもかというほど爽やかだった。
「十一、土屋様を我が基地へお連れして。私はパパに会いに行くわぁーv」
「分かりましたー。そういえばそろそろキャサリンの餌の時間ですがどうしますか?」
「土屋様を基地へ送り届けてから餌をあげておいて。それからパパへのおみやげも持ってきてね」
「はいっ、姫様」
姫乃は十一君に国哉君作成の粉塵爆弾(大)を預け、スキップしながらいってしまった。
「じゃあ、今縄を下ろすのでそれに捕まって上ってきて下さい」
声と共に私の目の前に縄が下りてくる。
「ってかちょっと待て!!お前はいつ上に登った??!」
「それは秘密です」
にっこりと笑ってはぐらかす十一君。
方法を知ったは知ったで恐ろしそうだからとりあえず無かったことにすることに決めた。
「とりあえずさ。足怪我してるんだからさ、登れそうにないんだけど」
「じゃあ、頑張って引っ張り上げてみるので縄に掴まって下さい」
「下りてきて私をおんぶしてよ。こっちは疲れてるんだからさ」
十一君は渋々下りてきて私に背を向ける…。
フフ、大チャーンス!
「古武術古参流派の長女をなめるなよ!」
3秒で十一君はクズになった。
十一君から国哉君作成の粉塵爆弾(大)を取り返し、腕の力だけで縄を登る。
私にとってはこれくらい楽勝なのだ。
「貴女も姫様の付き人をなめない方がいいですよ」
背後から声がした後、私の記憶はそこで切れた。
「んっ…うんっ…?……ここは?」
「おっ、目ぇ覚めたか」
目の前に27歳(四捨五入すると三十路)の老けた顔があった。
「うひゃあっ!!もっももも森山先生!!…ってことはここはすみれ組?!」
「おうっ!お前十一にやられて連れてこられたんだよ。憶えてるか?」
パパに言われて記憶をたどってみると、確かに私の記憶は十一君の声がして攻撃された衝撃があったところで切れていた。
「私としたことが……」
「すみません実沙さん、手加減したはずなんですが大丈夫ですか?」
「女の子に手をあげるなんて超最低」
少し離れてた所にいた十一君をこれでもかと言うほど睨んでやる。
「あれ?女の子でしたっけ?」
「こんの、犬が!!」
私は囚われの身のため手が出せない分せめて口だけでも抵抗をする。
「おいおい十一、女の子にそんなこと言ったらだめだろ。そんなんじゃ、オレみたいないい男にはなれないぜ」
私を蔑ろにした(←ちょっと違う)十一君はパパに男のなんたるかを説かれていた。
「はーい。ところで、姫様はどちらにいらっしゃいますか?」
が、十一君はパパの話は適当に流し、話題を180°回転させた。
「姫なら昼寝の時間だしもう寝てるぜ」
パパはこの教室の廊下を挟んで向こう側にある寝室を指さした。
姫が寝ている=チャンス!
「土屋様、あまりことを大きくしたくないので無駄な抵抗はやめてください〜」
十一君はまた私の心を読んだようだ。
てか、大ピンチ!!?
「まだまだだね」
ハスキーな少年の声とともに、テニスボール(軟式)が十一君の頭にヒットした。
「ふぎゅるっ!!」
「あっ、亮君!?」
ボールが飛んできた方を見るとそこには同じクラスの越前亮君がテニスのラケットを持って佇んでいた。
「と、十一!?大丈夫かっ?!」
森山先生が十一君を抱き起こすが、十一君は何かを言いかけて気を失った。
そう、それはまるで某テニスマンガの某アヒルのように…。
「何やってんの?早く逃げなよ、ほら」
「えっ?!…あ、うん。…亮君は?」
「俺はこのまま缶を蹴りに行く。アンタは教室に戻って手当してきなよ」
私は思わずじーんと心にきたが、ふとある事実を思い出した。
「……亮君は、その…小日向さんの…」
私は噂でしか聞いたことはないけれど、亮君は小日向さんのお気に入りだと聞いたことがある。
「そんなの関係ない。…俺は負けない」
誰に?
もちろん小日向さんに。
そう言い残して亮君は風のごとく去っていった。
「アリガト」
小さく呟いて、私はすみれ組を後にした。
私がコスモス組にたどり着いたとき、クラス内は無惨たる状況になっていた。
すみれ組に攻撃を受けた私たちコスモス組には多くのけが人が収容されており、十数人の人達を担任の大石先生が一人で手当をしていた。
「…あれ、土屋さんじゃないか?!どうしたのか心配になっていたんだ…。けがはある?見せてごらん」
心配性な大石先生の方が心配なんだけど…、と心に秘めながらさらに心配事を増やさないように素直に手当を受ける。
「怪我は…膝を擦りむいたくらいなので、消毒液と絆創膏をくだされば自分でやります。先生は他の重傷の人達をお願いします」
「つ、土屋…すまない……僕が油断した隙に、すみれ組の連中にやられて…。僕ではもう指揮が執れない……。土屋…僕の代わりに……コ、コスモス…組、を…頼んだ、ぞ………」
起きあがることができない委員長は私の手を握り締めそう言うと静かに目を閉じた。
「委員長ー!!いくらお昼寝の時間だからってこんなタイミングで寝たら死んだと思われますよ!!」
「委員長…?山田君、どうし、た…………山田君っ!!山田君っ、死ぬな山田君ーー!!!」
大石先生は顔面蒼白で委員長を揺さぶるが、一度眠りに入った委員長はぴくりとも動かない。
委員長は所謂「のび太君体質」というやつで寝ようと思ったら3秒で眠りにつくことができ、しかも一度眠ってしまったら最低でも30分は寝ないと起きないのである。
「先生は委員長を大学院の203研究室に運んでください。私は彼の代わりにここの指揮を執ります!」
委員長を担ぎ上げ「死ぬなー!!」とか「もう少し頑張るんだぞー!!」とか喚きながら(ひど)廊下を疾走する。
大石先生を見送って、私は明日先生は学校に来れるかなぁ…、と少し心が痛んだ。
そんなこんなで、大石先生も委員長もいなくなってしまったため、私と他の動ける人数人で怪我をしている人を手当てしていたが、しばらくすると亮君が満身創痍で教室に戻ってきた。
「あっ、亮君!?どうしたのその怪我……ひどい…!!早くこっちに…。そういえば、すみれ組、は?」
亮君が私の肩によりかかり、何事もなかったように言った。
「言っただろ…。俺は負けない…って」
「(亮…君……)」
間近で男の子(亮君)にそんなことを言われ、私は不覚にも動揺してしまった。
だけど今は亮君の怪我の方が心配なので、その感情には気づかないふりをして亮君の手当をはじめる。
「ごめんね亮君。背中の怪我がひどいから、服…その……ぬ、脱いでくっ、くれますか!?(声裏返り)」
茹で蛸みたいに真っ赤な顔の私をよそに、亮君はボタンに手をかけ脱ごうとしたとき、教室のドアが壊れんばかりの勢いで開いた。
「亮!!!アンタ一体何して…く……れ…………………………………………………アンタ達一体何してるのよ!!!!?」
注:姫の目から見た二人
その時、亮は土屋の方に向かい合い、愛の言葉を囁いた。その言葉を聞き、初々しくもリンゴのように赤くなって恥じらう土屋。そんな彼女に優しく微笑み、亮は服を脱いで生まれたときそのままの姿となり、そして--------------。
「いやぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!許すまじ、許すまじ土屋実沙!!姫乃の亮をたぶらかすとは万死に値してよっっっ!!!」
ぴ〜んぽ〜んぱ〜んぽ〜ん♪
『園内放送、園内放送。クラス対抗缶蹴り大会よりお知らせです。只今、年中・すみれ組の敗北が正式に決定いたしました。繰り返します、さくら組に続き、すみれ組が………』
あまりに突然な放送に、私も小日向さんも意味もなくスピーカーを見ることしかできなかった。
「そういうわけだから姫乃、アンタは俺たちに手出しはできないよ。残念だったね。あぁ、それからもう一つ。前々から言おうと思ってたんだけど、俺たち付き合ってるから今後一切邪魔しないでよね」
「ああああああああああああ亮君っっっ??!!」
初めて見る亮君の笑顔と信じられない台詞に私の思考回路はショート寸前。
「いいから話を合わせて」
「えっ、う、あっ、そそそそうだ、いや、です!!!わ、私とあああ亮く…あっ、亮は同じ病院で生まれてからずっと付き合ってるるるるんですっっっ!!!!」
「まぁ、そうなんだけど。俺としては生まれる前からの運命ってやつだと思ってるんだよね」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜パパーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
涙の軌跡をひきつつ、恋に破れた姫乃は廊下の彼方へ走り去っていった。
「……まだまだだね」
「あ、あ、あ、あの、じゃあ手当のつ、続きをしたいのでふ、ふ、ふ、服をぬぬぬ脱いでください!」
怪我のせいで腕とかを動かす度に痛みを堪える亮君が可哀想で、私は手伝ってあげようと思い、亮君の服のボタンに手をかけた。
その時ガタ!と大きな音がたち、私と亮君はそのままの状態のまま首だけ小日向さんが出て行ったドアの方を見た。
「ええええ越前??!!土屋??!!ふふふ二人とも一体何をしているんだ??!!君たちはまだ4歳なんだから大人の世界に足を踏み入れるのはまだ早いと思うぞ!!そ、それとも何か?!いつもはまじめな土屋が越前を押し倒そうとしているのか?!いや、自分を鍛えることしか頭にない純粋な土屋がそんなことするわけないよな!?じゃあ何か?!越前が恥ずかしがる土屋に無理矢理脱がさせて襲おうとしているのか?!!うん、それなら納得がいくな!越前ならそれくらいのサドっ気ありそうだしたな!…って、そこで納得してどうするんだよ、俺!!えええ越前!お前がサドでも先生は何とも思わないけど大人の世界へはまだ足を踏み入れるんじゃない!!俺だってまだなんだからな!!(etc…以後独り言妄想は果てしなく続く)」
「…………………………………………………そっとしておいておこうか」
明らかに自分が悪く…というか、散々なことを言われているのに無関心な亮君。
「てかさ、傷はたいしたことないから手当はもういい。…あ、これは手当てしてくれたお礼」
そう言って亮君は私の左手をとり、さりげなく、さりげなーく、キスをした。
「なっなななななっ!!!何をして…はっ、そうか。越前は帰国子女だもんなっ!これが普通で挨拶代わりのようなのも何だなっ!?そうだ、それなんだ、変な意味はちっとも含まれてないんだな!?そうしよう、そうだ俺!頑張れ俺!!?(?)」
「あぁ、そうそう。俺としてはさっき姫乃に言ったことは本気だからそこのところよろしく」
「えっ?それって…あ、手出しできないってやつ??そっ、そうだよね!?」
天然なのかわざとなのかずれたことを言うこの物語の主人公。
「そっちじゃなくて、『生まれる前からの運命ってやつだと思ってる』ってやつ」
「そっ、そそそうだよね!!すみれ組が負けるのは生まれる前からの運命だったんだよ!!うんっ!!!!」
「手じゃなくて口にした方がよかったかな………」
亮はここまでいてもとぼけ続ける実沙にあきれるどころか逆に感心してしまった。
時間はちょうど昼の1時。
パニックルームとかしたコスモス組はそれでも至って平穏そのものだった。
確かなことは、明日大石先生の姿は、この学園にはないということだろう…。
第弐部完 |