「長ったらしいことを言うのは面倒くさいから簡潔に言うよ。これから、『第57回聖駿学園大運動会』を始めるよ。みんな、死なないように頑張ってねv」
 校内すべての放送用スピーカーから、聖駿学園理事長(滅多に人前に顔を出さないことから、別名『覆面理事長』と言われている)の声が唐突に流れた。
 一時間目の音楽の準備をしていたこの物語の主人公(?)、土屋実沙は唖然としリコーダーを床に落とした。


『聖駿学園物語〜秋だ!祭りだ!運動会!〜』 プログラム2.借り物競走


「亮君と直やん先輩は、次の借り物に出るんだよね。私、ここから一生懸命応援するから頑張ってね!」
 体育着に身を包み、赤色のハチマキをしっかり頭につけた姿が何故か似合いすぎている実沙が、グッとハッスルポーズで『戦場』に赴く二人を励ます。
「まっかせときぃや!!1等取ったるでー!」
「実沙のために1位になってるくるから、1位になったらご褒美ちょうだいね」
「ご褒美?いいけど…、何が欲しい?…あ、やっぱり亮君のことだからラケットとかかなぁ?」
「…………何かは1位を取ってから教えるよ。待っててね」
「???いってらっしゃ〜い」
 真っ向勝負派の赤組の横で、腹黒派紫組権力派青組からの選手達も背に応援を受けつつ出てくる。
「ハニ〜!!俺の勇姿を見てておくれ!勝利の花束を届けるよ!!」
「ねこ〜!走って、紙を取って、探してゴールまで持っていくのよ!」
『プログラム2番、借り物競走。選手紹介。1組目、1レーン、犬飼美音子。2レーン、西川直也。3レーン、……。ルールは面倒なので省きます。それでは1組目、位置について、用意、………どーん!!』(←校内外放送)
 ピストルの音(?)と共に一気に飛び出したのは直やんだった。
 直やんは、一直線に紙のある場所(トラックを走るので、実際は一直線ではないが)に走っていく。
「よっしゃあー!一番乗りや!!さてと、借りるモンはなんや………………ねこ??」
 ひらがなの、しかもかなりいびつな文字で書かれたねこという借り物に直やんは立ち止まる。
 そして、直やんの頭の中では『ねこ=美音子』という公式が瞬く間に成立された。
「………………………………………ねーーーーーーーこーーーーーーーーちゃーーーーーーーーーーんっっっ!!!」
「は〜い!」
「おぉう?!なんや、ねこちゃんそないなとこにおったんか。あんな、俺の借り物が『ねこ』やねん。一緒に来てほしいんやけどいいか?」
 直やんの頼みに対し、美音子はにっこり笑って一枚の紙を差し出した。
「あん〜!」
「は?」
「さっきね、ひめさまがね、かみをとってさがしてこいっていったの〜。だから、ねこ『あん』をさがすの〜。なおにぃいっしょにさがしてくれる?」
 ちょこんと首をかしげ、お願いをする美音子に直やんは顔を真っ赤にした。
「よっしゃ!この聖学一の情報通、西川直也にまかしとき!!」
「わ〜い!!なおにぃかっこいい〜〜!!」
 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ美音子をさらに喜ばせようと直やんの脳内コンピューターは最大速で回り始めた。
 直やんの脳内コンピューターは数秒後には『中等部二年 橘杏子』という人物をはじき出していた。
「杏子先輩…。よっしゃ、『あん』はこれで決定や!行くでねこちゃん、わいについてきぃや!!」
 駆けだした直やんの後ですぐさま「にゃっ!?」という声と、『ベシャッ!』という音がした。
「ねこちゃん?!どないした?!」
 直やんが振り返ると、そこには万歳の姿勢でうつぶせに倒れ、つぶらな瞳を涙一杯にためた土まみれの美音子が………………今にも大泣きしそうになっていた。
「ふみぃーーー!いたいよぉーーーぅ!」
「あああああ!ね、ねこちゃん、泣かんといて。あー、よしよし」
 ふみぃーっ!と泣く美音子にわたわたし、直やんは思いあまって美音子を脇に抱えてしまった。
「わいにまかせときーや!一緒に一着ゴールインや!!」
「ごーるいん?けっこんするの〜?」
 そのとたん、紫組に設置されたパラソル付きのベンチに座っていた姫様と十一が、飲んでいた紅茶を「ブーーーーーーーーっ!!?」と吹き出すのが見えた……気がした。
「ひめさまもぱぱとけっこんするの〜!ゆびわでけーきでらぶらぶなの〜!なおにいもけーきくれるの〜?」
「えっ?!い、いや、あ、あの、その、えーっと…………………その話はねこちゃんがもうちょっと大人になってからな」
 美音子が言い出した結婚話に顔を真っ赤にして誤魔化す直やん。
「もうちょっとおとなー?どのくらいもうちょっとー?」
「あー、うー、せや!!二十歳になったらや!」
「はたち?はまち?おさかな?」
 どうやら美音子の頭の中は食べ物が中心に回っているようで、先程から出てくる言葉の端々に食べ物の気配がついて回っている。
「はまち?!How much?!…って、ちゃうがな自分!!あぁっ、こないなことせんと、杏子先輩や!杏子先輩ーーー!!!」
 予想だにしなかった結婚話に冷や汗を流しながら、直やんは全速力で赤組の陣地に向かう。
「あんこ〜。おしるこ〜。だいふく〜。おだんご〜」
 直やんの脇で手足をバタバタさせながら、美音子は食べ物連想ゲームを展開していた。
「みたらし〜。きなこ〜。きのこ〜。とりゅふ〜」
「トリュフ?!流石はあの小日向家に代々使えとるだけはあるな。てかな、ねこちゃん。舌噛んでしまうかもしれへんからちょおだまっといてくれる?」
 直やんが諭すと、美音子は「ん〜」と返事をして、両手で自分の口を塞いだ。
「杏子先輩!一緒に来てもらえませんかっ!!」
 赤組陣地に到着した直やんは、愛のチカラ(杏子ちゃんへではなくねこちゃんへの愛)で一瞬にして杏子先輩を見つけ出し、彼女へ向かって大声で叫んだ。
「…えっ?!え、あたし?!」
「せや!訳は後で言うから早う来てください!!」
「わ、わかったわ!」
 直やんのただならぬ気迫に、杏子先輩があわてて駆けつける。
 これで借り物は揃ったのだが、いくら探してもゴールが見つからない。
「(ゴールはどこやねんっ!!)」
「んぐっ!んぐぅー」
 奇妙な声に驚いて美音子の方を見ると、両手で口を押さえたまま必死にもがいている美音子がいた。
「ねこちゃーん?!確かにだまっといてって言うたけど、息はしていいんやで!手、離し!」
「んぐ?…っぷはぁー。あん、あんみっけー。…んにゃ?ごーるがはしってるー。ごーるあっちー」
「なんやて!!?」
 直やんが美音子に言われた方を見るとそこにはゴールテープを持った人が二人と、赤と白の旗を持った人が五人、ちょろちょろと走り回っていた。
『申し遅れましたが、ゴールは常に動いておりますので、頑張って追いついてください。ゴールの後に借り物の審査もいたしますので忘れずに』
 直やんの叫び声には、スピーカーから聞こえてきた声が答えてくれた。
「何でやねんっ!!」

『理事長の御命令です』

 何ともあっけない答えであるが、ここでは全てのことが理事長の一存で決まってしまうので仕方がない。
 理事長に逆らえる人はこの学校にはいないのであった。
「(…そういや…野外放送席もあらへんのに、一体どこから実況放送してんねん…。ってか、何でわいの声が聞こえたんやっ!?)」
『それは秘密です』
「うわー!今、わいの心の中読まれたで絶対!理事長は姫乃ちゃんの親戚っちゅう噂はホンマやったんか?!」
『それもヒ・ミ・ツv…さて、赤組のエセ関西人がうだうだしている間に他の選手も借り物を見つけたようです。赤組さんせいぜい頑張ってください』
「アウチ!こんなことしてられへんで!!」
 直やんは実況している声に言われ、はじめて周りの様子に気がついたようで、必死になってゴールに向かって走る。
 だがしかし、ゴールも負けじと走る走る。
 それこそ必死の形相だが、そのスピードは何故か亀より鈍かった。
 そして、直やん(&美音子&杏子先輩)はなんとか一着でゴールテープを切った。
「はーい、それじゃあ審査をするので借りたものと紙を出してください」
 赤白の旗を持つ審査員達に言われ、直やんはミミズが這って書いたものよりもひどい字(それが字なのかも微妙だが)で「ねこ」と書かれた紙と美音子を出した。
「ねこで〜す!」
 その時、パステル色のシャボン玉を辺りにまき散らしながら(もちろん幻覚)、美音子は必殺・天然癒しオーラ全開で手をあげて名乗った。
「合格!!!」
 審査員の人全員が美音子の必殺(瞬殺)天然癒し系スマイルにやられたようで、美音子の必殺(以下略)を見た瞬間全員が合格の赤の旗を揚げた。
「やったぁー!やったで!合格したでーっ!!ねこちゃん、ホンマありがとな!!」
「やったの〜!ばんざいなの〜!なおにぃ、つぎは『あん』なの〜!」
「あぁ、そうやったな。ほら、ねこちゃんも紙みせぇや」
「はい!『あん』で〜す!」
「…どうも杏子で〜す…」
 先程と同様に審査員達は紙と杏子を交互に見て少々悩むが、美音子のキラキラ笑顔に負けて合格の旗を揚げる。
「にゃ?ごうかく〜?ねこいちばん〜?」
「えっ…そ、それはやな〜。…一緒にゴールやし、その…」
「ねこいちばんじゃないの〜?」
 直やんの言葉に、美音子は目に涙を今にもあふれんばかりに溜めて聞く。
「もちろん一番に決まっとるやないか。何言うてんねん、全くも〜」
 そんな美音子に直やんがかなう訳もなくあっさりと陥落してしまった。
 ブーイングの嵐を背に受けつつも、愛のためと作り笑いで答える直やん。
「やったぁ!ねこいちばーん!」
「「「直やんのアホー!バカー!!ヘタレー!!!帰ってくんじゃねぇーっ!!!!」」」
「あーあ、直やんやっちゃったわねー」
「しょうがないよ、てるてる。恋とは人を盲目にさせるものなのさ」
 赤組陣地の中で、幼等部一の黄金夫婦がほのぼのと直やんの恋模様を観察していた。

 赤組のブーイングとその他の組の声援の中、他の選手も無事にゴールし、借り物競走は第二組目の番となる。
『選手の紹介をいたします。1レーン、赤組・越前亮。2レーン、青組・山崎一太郎、3レーン、紫組……』
「はーっはっはっはっはっ!愛しのマイハニー!!俺の活躍をその黒曜石のような綺麗な瞳に焼き付けておいてくれよ!」
「無様な姿の方がよっぽど脳内に焼き付くがな」
 イチ様のいつもの如くのハイテンションに、璃奈様もいつもの如くのクールっぷりで受け流す。
「それそうだね。その3枚目の役を君に任せるよ」
 と、おもむろにイチ様は隣にいた亮君の肩に手を置く。
「…俺は負けない」
「ふっ、叶わぬ夢は持たない方がいいものさ」
「そっちこそ、そんな大口叩いといて負けないように気をつけた方がいいんじゃない」
 イチ様と亮君の間に漂う空気が静かに冷えていく。
『はーい、はいはい!皆さん位置についてくださーい!!では2組目、よーい…どーん!!』
 が、二人が冷戦を開始したことなんて何のその。
 放送委員(仮)は、むしろ楽しんでいるような口調で借り物競走を始めさせた。
 競技が始まったので二人は黙ったが、無言の戦いとでも言おうか。
 他の組を寄せ付けないスピードで走り出した。
 2人はチーターも真っ青な走りで紙のところまで行って紙を取る。
「ふっ、なかなかやるじゃあないか!しかし、俺のマイハニーへ対する愛の前には負けるのさ!さて…ん?『花園玲』?…花園といえば…」
 直やんよろしくイチ様の脳内コンピューターも働きはじめるが、イチ様の脳内コンピューターは直やんのものと違って幾分、ゆがんでいた。
 イチ様の脳内コンピューターは、『「花園玲」→「花」→「桜」→「梅」→「聖学幼等部梅組」→「柳璃奈」』という連想を行ってしまった。
「マイハニー!カモーン!!」
 イチ様の浮かれた言葉が届いたのか、青組の群れの中から璃奈様が気怠そうに出てくる。
「何の用だ、イチ」
「あぁ、マイハニー。君の心と体の全てをこの俺に委ねてみないかい?!」
 大きく手を広げ、璃奈様が飛び込んでくるのを期待しているイチ様だが、璃奈様はその横を何事もなく通り過ぎる。
「マイハニーったら素直じゃないなぁ。でも大丈夫!マイハニーの想いはちゃんと俺に届いているから安心してくれ!」
「ご託はいい、行くぞイチ。…ところで、紙の内容は一体なんだ?『マイハニー』とでもあったのか?」
「そんな必要はないさ、どんなことが書かれていようと最後はハニーに行き着くんだからね」
「…………………見せろ」
 イチ様の言葉に一抹どころかものすっっっごく不安を抱いた璃奈様が無理矢理紙を奪い取る。
「………私を呼ぶな」
 璃奈様はあまりのありえなさに頭痛がしてきたのか、こめかみの辺りを手で押さえる。
「大丈夫さ、マイハニー!そんなに謙遜しなくても皆分かっていることさ!」
 グッ、と親指を立てて力説するイチ様。
 もちろん説得力はゼロである。
「何をどう分かっているのかを、是非とも教えて欲しいものだな」
 痴話喧嘩(?)をしながらも璃奈様の誘導によって着々とゴールに近づいている2人。
 璃奈様、言ってることとやってることが食い違っています。
 そのころ、亮君は赤組の方向に猛ダッシュをしていた。
 何故なら。
「実沙!!!」
「はいっ!!!」
 亮君の手には、薔薇の香り漂うような字で『将来のマイハニーv』と書かれていた紙があったが、実沙は知るよしもなかった。
「行くぞっ!!」
「はっ、はい!!」
 ここぞとばかりに実沙の手を握りしめ、亮君はゴールに向かって走り出した。
 しかし、ゴールはイチ様達の近くを走っていたので結局亮君達は奮走むなしく2着となってしまった。 「くっそ!」
「お疲れ様、苦労人君。だけど俺と璃奈の間には何者も入り込む余地はないのさ!さぁ、審査員の皆さん!祝福の赤い旗を俺とマイハニーのために揚げておくれ!」
 審査員達はしばし固まった後、円陣を組み相談をはじめた。
 しばらく雑談した後、「いっせーのせ」で5人が旗を揚げる。
 、……………………………白、白、……………………白。
「何故だい!?どうしてだい?!この麗しい璃奈が不合格だなんて君たちの目はどうなっているんだっ!!?」
「だって、お題は『花園玲』なのに、『柳璃奈』をつれて来られてもねぇ」
「何故?!ホヮイ??!花園といえば花、花と言えば桜、そして梅!梅と言えば梅組のマイハニー・璃奈しかいないじゃあないか!!」
「全く往生際が悪いね」
 審査員に対して喚き散らすイチ様の後ろで、呆れた顔をして溜め息をつく璃奈様。
 そのさらに後ろでぽつりとツッコむ亮君であった。
 結局判定は覆らずイチ様は璃奈様に引きずられ、紙に書かれている人物を連れてくることとなった。
「じゃ、次にゴールした人」
「実沙、こっちに来て」
 亮君は実沙の肩に手をかけ引き寄せて、審査員達に紙を見せる。
「ふむふむ…。『将来のマイハニーv』とはなんぞや?」
「将来、俺の大事な大事な奥さんになる人、つまり実沙のことですよ」
「ォクサン?!と…とくさん!?特産かあ!そうだね、そうだよね!!?」
「ふぅむ…。なるほどなるほど」
 下心満載に実沙の肩に手をかける亮君と、無意識的にあからさまな勘違いをしながら赤面する実沙。
 外見の動作だけ見ていれば、仲睦まじい成り立てホヤホヤのバカップルであった。
「実沙ーーっ!!どうしたんだー!?その男に脅されたのかっ??!顔を赤くして…今お兄ちゃんが助けてやるぞーっ!!!」
「………………つっちー。いい加減に妹離れしないと別れるよ

ドンガラピッシャーーーーーーーーーーーーン。(SE)

「えっ…うっ…あっ…………てるて、いや…輝恵さん、あのーこれは例えといいますかね?実沙にはもっとふさわしい男がいるんじゃないかなーと…」
 背後に少々黒いオーラを背負ってつっちーを脅すてるてる。
「へぇーーーーーーーー、ふぅーーーーーーーん、そーーーーーーーお。た・と・え・ばぁ?『お兄ちゃんみたいな漢(おとこ)』(缶蹴り第三部より抜粋)とかぁ〜?」
「う゛っ!!そ、そのだな…『お兄ちゃんみたいな漢』よいもいい男にあって欲しいという意味で言ったんだよ!」
「………………………………………………………………はぁ〜〜〜〜〜〜!つっち、座って」
「はい(汗)」
 流石、夫の手綱を握ることについては右に出る者がいないてるてる。
 それとも、てるてるの背負っている黒いオーラが恐いのか素直に言うことを聞くつっちー。
「あのね、つっちー。つっちーは確かにいい男だよ。でもそれは私からしてみれば、であって実沙ちゃんからしてみればつっちーはいい男じゃないかもしれないでしょ。実沙ちゃんには実沙ちゃんの理想があるんだから実沙ちゃんの恋路を邪魔しない!!いい?!!」
「はい…」
 流石は聖学幼等部一の黄金夫婦
 がたいの立場をしっかり定着させていた(特にてるてるが)。
「何か、兄さん達の方が騒がし…」
「ただの応援だよ。気にしないで」
 つっちー達の方を振り返ろうとした実沙の視界一杯に亮君が立ちふさがって邪魔をする。
「ところで合格なの?どう?」
 ふーむ、と二人の様子を眺めていた審査員達が、「せーの」で旗を揚げた。
 満場一致で赤が揚がった。
「やったぁ!亮君、やったよ!」
 はしゃぐ実沙に、実にさりげなく両手に手を回しながら、亮君もにっこりと(内心は黒く)笑った。


プログラム2 終了…
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